エスニック・バウンダリーの「創出」

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【出版に寄せて】

武蔵野美術大学教授・廖赤陽
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フィールドワークの苦労を重ねて書かれた三谷香子の論文は、遂に本書の形でまとめて出版することになった。公刊される以上、その査読は読者に任されており、私の容喙する余地がない。具体的な内容については触れないことにして、私自身、本書に惹かれたのは、次の二点である。そのひとつは、役者としての「女性」であり、もうひとつは、舞台としての「横浜中華街」である。
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明末清初の戯曲家李漁は、「古今の舞台に、二人の役者しかいない。一人は男、一人は女」という名言を残した。しかし、歴史は男女共演のストーリーにもかかわらず、これまで、ライトスポットは男役ばかりに当てられて、色豊かな歴史は遂にHistory=彼のストーリーというモノクロになってしまった。
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1978年、改革開放直後の中国で22年ぶりに開催された日本映画際で、「サンダカン八番娼館」が上映され、東南アジアの唐行さんの調査を行う女性史研究家を演じる栗原小巻は中国の観客を大いに魅了した。そのことは、私の世代の人の記憶に鮮明に刻まれている。日本における女性史研究の伝統は、戦前まで遡るが、一方、アメリカでは、1960年代半ば以降、黒人の民権運動を先導に、女性史とエスニック研究は大きな脚光を浴びた。そうした中で、女性という自然のカテゴリを与件とする女性史研究は、かえて階級、人種、文化、政治などの多重構造の差別を隠してしまうという批判が強まり、性の自然性と社会性を分離し、もっぱら社会的性差を意味するジェンダーという新たなカテゴリが登場してきた。と同時に、性の自然性と社会性は果たして本当に切り離せるか、という新たな疑問も持たらされた。
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華僑華人研究の場合、社会史、生活史が注目されるなか、北米やオーストリアへの女性移民とその家庭写真を通して垣間見る移民社会の変遷、東南アジアの三水婆の苦労しながら逞しく生きる姿、故郷に残された妻と華僑の「両頭家」の婚姻形態など、女性の視点での研究も次第に増えてきた。日本華僑史研究を見れば、華僑の婚姻や華僑女性の生活史などに関して、過放、王維両氏の優れた先行研究がある。本書は、女性史を正面から取り込み新しい研究世代の成長振りを見せた。
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視線を役者から舞台に移す。横浜は、日本の近代と西洋という文脈で語られる開港場であるが、同時に、日本の近代とアジアというもうひとつのシナリオも上演されてきた。横浜中華街はその重要な舞台である。戦後、一時期アメリカ兵の歓楽街と化けた中華街は、1972年の日中国交回復をきっかけに復興し、いまは華僑と日本人共生の地として栄えて一大観光スポットに成長した。同地域について、中華街に関する人文地理的考察や、芸能と祭祀活動などの優れた研究があり、一方、華僑社会内部の考察についての主な関心は、主に1950年代以来の親共産党派と親国民党派の対立、及びそれに伴う華僑組織の分裂や学校紛争などに向けられた。なぜならば、横浜中華街の華僑社会の対立は、日本の三大中華街のうちもっとも目立つものであるからである。本書はこうした地域社会と華僑社会の変容と発展を反映するものであるが、人文地理、文化論あるいは政治史的なアプローチとは異なり、これまで影に潜んでその姿が見えなかった華僑女性を登場させ、HistoryではなくHerstoryとしての横浜中華街を語らせてくれた。
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最後、著者と出版社について少し触れよう。彼女は交通事故の後遺症と闘いながら慶応大学の修士論文を完成し、それをベースに本書を仕上げた。本書の上梓に際し、著者の快癒を心より祈る。なお、日本僑報社はこれまで、数々の日中関係及び華僑研究の書物を世に送り出した。本書の出版により、日本華僑史に新たな花を咲かせた。今後、より多くの優れる華僑華人研究書の出版を心より期待している。


【著者略歴】

三谷香子(みたに きょうこ)徳島大学総合科学部人間社会学科卒業後、2006年に慶応大学大学院社会学研究科で修士号を取得。専門は文化人類学ならびに民俗学。現在、日中交流研究所研究員。